胡桃割り

 昔の夢を見た。沖田と出会ったばかりの頃の。


 その日、いつものように沖田を家まで迎えに行った。
 サボっているなら連れてこい、しかし、もしミツバの具合が悪く、家を離れられないようなら、知らせて欲しい、そう近藤に頼まれた。
 最近、沖田が稽古をサボりがちなのを、気にしてのことだ。だが、土方は自分が行っては逆効果だと思っている。あの小さな先輩は、土方が気にくわないのだ。人の良い近藤は、どうしてもそれが分からないようだが。
 いつものように玄関には行かず、縁側にまわる。人の気配がした。
 コン、コン…
 軽い音が響く。
 沖田が背中を向けて、濡れ縁で何かをしている。小さな背中だ。
 広くはない庭だが、木々は青々していて、そこかしこに影を落とす。絵になる光景だった。
 気づいていないはずがないのに、沖田は振り向かない。土方は足をすすめる。何をしているんだろう?
「姉上のお加減がよくない。今日は休むって、近藤さんに」
 背中を向けているくせに、訪れたのが土方だと分かるようだ。十をいくつも過ぎていないくせに、時々やけに大人びたふうになる。……今のように。
「なにをやってンだ?」
 歩みよりながら問うと、コツ、とまた音がする。
 コツ、と響かせてから、「胡桃割り」そう沖田は答えた。
 そこで引き返せば良かったと、土方はのちのちおおいに後悔した。が、胡桃割りか、と若干の興味を覚え、沖田の手元をのぞき込んでしまった。
 縁側に腰かけた沖田は、小刀を持っている。目の前には、無造作に転がる胡桃たち。割れたものと割れてないものとが、混在している。
 沖田は土方に視線を移さない。じっと胡桃を見つめたあと、コン、と小刀を鬼殻に当てた。
 ぐわっ、と、土方はそそけ立つ。瞳孔が開いたのが分かった。
 見た目には軽く叩かれただけの胡桃が、パカリと二つに割れた。
 堅く丸い実が、不安定な床に置かれたまま、コツ、と叩かれる。それほど力を入れているようにも見えない。なのに、胡桃は一拍おいて、きれいに割れる。
 これを神業と言わずになんと言おうか。
 土方の見ている前で、沖田はつぎつぎ胡桃を割っていく。もう見ているしかない。
 突然、ふ、と土方を見上げた沖田の眼は、驚くほど薄い色をしていた。


「最悪の目覚めだ…」
 いつも以上に目つきを鋭くしている副長のつぶやきを聞き取り、山崎は目を輝かせた。
「どーしたんですか? 昨夜飲み過ぎたとか?」
「いや、悪夢を…」
 あまりにテンポ良く話しかけられたせいで、口が滑ってしまった。
「え!! 副長の悪夢って、どんなんッスか? 女がらみとか…」
 嬉しそうに聞く様が憎らしい。混乱させるつもりで、本当のことを言うことにした。
「総悟がだな、胡桃を割ってんだよ」
「はぁ??」
 山崎の間抜け面を見て、少し溜飲を下げる。せいぜい混乱しろ。
 そう、あの怖さはきっと見た者にしか理解されないだろう。これ以上は、口にもしたくないし。
 そう、沖田が胡桃を割っていた、それだけなのだから。


 今でもときどき、うなされる。