今は昔、武州で暮らしていた頃。
人に頭を下げるのが大嫌いな土方だが、沖田と知り合ってからというもの、頭を下げっぱなしだった。しかも、大っ嫌いな権力者に。
今日も呼び出しがかかり、行かなきゃ良いもののなぜか放ってはおけず、こうして派出所まで来て頭を下げる始末だ。……本当に苦々しい。
「君ねぇ、総悟クン。今度は本当に、ご家族に連絡するからね」
すでになじみになった警官が、鹿爪らしく言う。でも、その「今度」はきっと永遠にこないだろう。そのくらい、コイツは沖田に甘い。
見た目がやたら可愛いものだから、沖田を目の前にすると、誰もがどうしても当たりがやわらかくなる。そう、どんな悪いことをしでかしても。それが土方の気に障るのだが、その自分ですら沖田に甘いのだから、終わっている。せめてもの救いは、土方が自分に甘いことに、沖田自身が気づいてないことだろう。そういうところは、年齢通り子供なのか。だから土方もこうして、ぶっきらぼうなポーズを取っていられるのだが。
「じゃ、行っていいよ。保護者代理も迎えにきたことだし。もう喧嘩とか待ち伏せとか闇討ちとかすんじゃねーぞ。……怪我したらたいへんだかんな」
巡査は沖田に甘い顔で言ったあと、厳しい顔を土方に向けた。これではどっちが補導されたのか、分かったものじゃない。
「……気をつけて、やれよ」
テメーは保護者か!! と、心の中で毒づくくらいは許して欲しい。なんせ、本気でムカついたんだから。
無言で背を向けて、派出所をあとにする。気配で、沖田がついてくるのが分かる。
しばらく、歩いた。
「んじゃ、また」
まるで何事も起こらなかったかのように、別れようとする。……ちょっと待て!
「…沖田先輩がいてもいなくても、俺はこのまま先輩の家まで行くつもりッス。なんの用かと聞かれたら、警官に先輩を送り届けるよう言いつかったと、素直に言うつもりッス」
誰に、なんてのは、言わなくてももちろん通じるだろう。この小さい先輩は家族に縁が薄い。
「姉上には、なにも言うなよ」
ムッとふくれる面は、本当に可愛いんだが。
「口止めしたいんなら、勝手な行動とらないほうがいいんじゃねーか」
「脅す気か!!」
鼻息荒く睨みつけてくる沖田に、背を向ける。
心持ちゆっくりと足を進めた。
ついてくる気配がする。怒りをそのままに伝える、荒い足音。
「ガキだな」
「なにっ」
「姉上に言い寄った男は半殺し、自分に粉かけた男は闇討ち、姉弟どちらのかは分からなかったが、ともかく沖田家に出没していたストーカーは袋叩き。…で? 今回は?」
「……」
「言いたくねェってことは、先輩が言い寄られたのか」
「……」
しごく雄弁な沈黙は、笑みすら誘う。
「先輩、そろそろいいんじゃねーか? チビだけど馬鹿強ェえ沖田総悟の噂は、十分広まった。潮時ってやつだ。荒事から手ェひかねーと、前科がつく羽目になっちまう」
「そんなヘマ、しねーよ」
まったくもって、憎らしい態度だ。
「姉上が泣くぞ。上手くやってても、まったく無傷って訳じゃねーんだから」
ぐっと、詰まる気配。いくら強くても、いくら卑怯な手を使っても、大人を完膚無きまで痛めつけるには、沖田は小さすぎる。軽い怪我や衣服を傷めてしまうことはしょっちゅうで、それがミツバに心配をかけていることくらいは、十分承知していた。
コワい奴だ、と土方は思う。こんな無茶をしなくても、いくらでも助けてくれる手はあるのに。自分だけの力で、姉を守ろうとしている。
でも、そういう性質を好もしく思うからこそ、こうして利用されているのだ。
初めての大きな喧嘩で警察の厄介になったとき(あれは確か、ミツバ絡みで変質者を一人血祭りにあげたんだっけ)、沖田がなにを思って、土方を身元引受人に指名したのかは分からない。しかし、土方はそれを拒否することもできた。そもそも自分は、お人好しだとか子供好きだとかには、まったく縁がないし。
く、と、かすかな抵抗があった。沖田が袂を引いていた。見上げてくる眼は激しい。
「俺は強ェ」
「知ってる」
「でもそれは、見た目じゃわかんねーんだ。どうしても、ナメられる。子供だし…」
つか、可愛いし。こんなお人形みたいなのに、だいの大人をぶっ飛ばすだけの力があろうとは、誰も思うまい。
だが。
「ここんとこの乱闘&補導の繰り返しで、沖田総悟は見た目に反した、滅茶苦茶な危険人物だってェ認識が、ずいぶん広まったようだぞ。近藤さんが嘆いてた」
ニッと笑ってやると、一拍おいて沖田もニヤリと笑った。
「俺は強ェんだ」
「おめーに剣を教えたのは、なんとかに刃物ってェヤツだな」
「土方さんには言われたくねーな」
微妙な違和感に、首をかしげる。「土方さん」だと? 初めて言われたぞ、こいつに。
「あーでも、大人をボロクソやっつけるのって、気持ちよかったなー。クセになるかも。なんか、影の始末屋とかそういう仕事も良いな、将来」
この俺をギョッとさせるなんて、とんでもないガキだ。しかも、かなり本気な台詞と分かるだけに、どうにかフォローしないと、などという世話焼き根性が生まれる。
「あのな、おめーみたいな危険なヤローは、権力の側につかねーと、犯罪者に真っ逆さまだぞ。秘密警察とか特殊部隊とか、荒っぽくても大義名分が通る側についとけ。第一、まっとうなとこに就職しねーと、大事な姉上が泣くだろーが、総悟」
きょとん、と見上げてきたのは、初めて名前を呼んだから、だろうな…多分。
「…そーだな。あんたのこともアゴで使えるくらいには、なりてェし」
天使のように笑いながら言うことか!
「……クソガキ」
あはは、なんて笑った顔にはまったく邪気がなくて、本当に先が思いやられるのだった。