その店を選んだのは、万事屋の隣にあったからだ。
友人の少ない沖田は、一度気を許した者にはなんとなくまとわりつく癖があった。…自覚は全くないのだが。
いつ通りかかっても空いているのもいい。待たされたりするとその間に買う気が失せる。
「ちわ〜」
「いらっしゃいませ〜」
「わ!!」
さすがに、驚いた。店の奥から顔を出したのは、どう見ても…。
「……怪獣が店やってんの?」
「ははは、お客さんイヤだな。冗談が好きなんですか? 怪獣が花育てるわけ、ないじゃないですか」
「いや、どう見ても、あんたァ怪獣だろ」
大きな二本の角、充血した目の奥で瞳だけが黄色く光っている。唇からはみ出す牙も、黒々としたたてがみも、明らかに異相で、平たく言えば悪人顔だ。
沖田は大きな目を見開いて、30センチは上にある鬼にも似た顔を眺めた。しばらく眺めた後、 プッと吹き出す。
「言いたかないけど、客商売には向かない面相だなァ。まァ、いいや。墓に花持って行きたいんで、適当に見繕ってくれよ。明るい色がいいかな…」
「……お客さん、変わってますね。僕が怖くないんですか。こんな風にズケズケ言われたのは初めてですよ」
「面ァ怖ェが、ただの花屋だろ? まっとうな商売してるとこに客としてきただけなんだから、別に…」
「お客さん!」
突然花屋・屁怒絽は、沖田の腕をひねりあげた。
「痛ッて!」
そのままズルズルと店の奥に引きずり込まれる。
「なにしやがンでィ!!」
という悲鳴を残し消えた沖田を、山崎はキャバクラの看板の陰から顔面蒼白で見送った。
「だ、だだ誰か助けを呼ばないと…!」
そもそも、山崎は沖田をつけてきた。もちろん、土方の命だ。
土方は、沖田の懐いている万事屋と折り合いが悪く、警戒している。今日も、非番の沖田が向かう先が万事屋方面だということを嗅ぎつけ、山崎にお目付役を命じたのだ。
沖田が花屋『ヘドロの森』に入ったとき、山崎は悪い予感がした。意外なとこで抜けている一番隊隊長は、きっとこの店の、いやこの店の店主の悪評を知らない。すぐに襲いかかるような危険人物ではないらしいが、すごい迫力のある獣相だし、なにかがスイッチになって凶暴化するかもしれない。屁怒絽の戦闘能力は見かけ通りと、万事屋から聞いている。
案の定、沖田は店の奥に連れ込まれてしまった。山崎の頭は真っ白だ。
「旦那ァ!!」
声より先に勢いで部屋に駆け込む。ソファに横になって鼻をほじっている銀時に、涙声で訴えた。
「け、けけけけ警察よんでっ!!」
「…はぁ? なに言ってんの? 警察は、あんたらでしょーが」
「や、ホントマジで大変…!! おおおお沖田さんが連れ込まれちゃった!」
「へーそりゃ、大変だ。警察呼ばないと………、はぁっ??」
間抜けな声とともに、鼻血が吹き出る。驚いて指を突っ込みすぎた。新八が慌てたふうもなく、棚においてある箱を手渡す。
「銀さんティッシュ!! …山崎さん、なんか事件ですか?」
「だからっ!! 沖田さんが!! ヘドロの森に連れ込まれたっ!!」
「え……」
新八の額を冷や汗がつたった。お隣の花屋が悪い人でないのは分かっている。…でも、それでも苦手なのだ。なにより顔が怖い。
「あ〜あの、僕…土方さん呼んできてあげまっす! 銀さんは山崎さんと花屋を覗いてみてください!」
「あ、きたね! 逃げる気かオイ」
「人聞き悪いなぁ、適材適所でしょ。沖田さんが心配じゃないんですか。さぁ早く行った行った!!」
追い立てられるよう隣に向かった二人だが、当然歩みはにぶい。頭をぼりぼり掻きながら、銀時は山崎を見下ろした。
「ひとつ言っておくことがある。ヘドロの森に入ったら、微生物一匹たりとも殺してはならん、ぞ」
「なにそれ時代劇ですか」
「いや、屁怒絽の法則、ね」
「意味わかんねっスよ。……沖田さん、大丈夫かな」
「ちわ〜万事屋でっす! お客さん連れてきました〜」
「わっ、なに言ってんですかっ」
顔面蒼白の山崎が詰め寄ったが、銀時は毛ほども動じない。かえって、いつもの調子が出てきたらしく、目がにやついている。
「あ、お隣さんですか。今、取りこみ中なので、そのまま奥まで入ってください」
取りこみ中ってなに ―― っ!?
山崎は心の中で叫ぶが、完全に腰は引けていた。屁怒絽さんは声まで迫力ある。
慎重な足取りで奥へ向かう銀時をよそに、主にビビリまくりの山崎は、足下がおぼつかない。入り口の敷居でつまずいた。
「あぶないっ、お客さん!!」
声とともに飛んできた鉈の柄が、山崎の腹にクリーンヒットした。
「げふっ…」
「おいぃぃぃぃっ!!」
白目をむいて撃沈した山崎に息があるのを確かめたあと、銀時は奥に向かって抗議する。
「柄だからよかったけど、当たりドコが悪かったら、胴体が真っ二つだったぞ!」
「バッタを踏むところでした、殺生はいけませんよ」
「おめーが殺生を……」
抗議の声は、現れた店主の迫力の前に先細りした。ナマ屁怒絽はそれほど迫力がある。
「おや、お客さんは?」
「あ…や、なんか、よわっちいヤツで倒れちゃいました…」
「それはいけませんね。奥に運びましょう」
すごすご言いなりになってしまう。
以前訪れたときも腐海のような住まいだったが、さらにグレードアップしていた。咲いている花は可憐だが、毒草のように見えてしまうのは、主のせいか。
囲炉裏端に、沖田が座っていた。茶菓子なんかを食べていて、ずいぶん暢気な雰囲気だ。
「あれ、旦那? どうしたんですかィ」
「どうしたんですかって、沖田クン! なかなか出てこないから、お友達が心配して探しに来たんだぞ」
「友達? 旦那のこと?」
銀時が担いでいる山崎は、眼中にないらしい。なにやら哀れを感じる。
「体が弱くて倒れるなんて、お気の毒だ。滋養強壮の薬草でも、煎じてあげましょう」
それが山崎のことを言っていると知った沖田は、無情にも、宜しくお願いします、などと頭を下げている。一見神妙な様子だが、面白がっていることは明白だ。
「…とんだ災難に巻き込まれちまったぜ。お上の依頼なんてうけるもんじゃねー」
竈で怪しい鍋を火にかける屁怒絽を横目に、銀時はブツブツこぼす。
「依頼? なんか事件なんですかィ?」
銀時がキッと沖田を睨んだとき、音もなく近づいていた屁怒絽が、沖田の袂を引き裂いた。
「なんなの ―― っ、もう!!」
「大丈夫ですか、沖田さん。いや~~危なかった。あやうく茶毒蛾の毛虫に刺されるところでしたよ。秋口に大発生したのがまだ生き残ってたんですね。でも、殺生はいけないので、逃がしますね」
肩から破れてしまった着物を見て、沖田はため息をつく。
「……見栄えがよくねーなァ…」
「や、そーいう問題じゃぁ…」
「おいィっ、なんだ、その格好は…!!!!」
なんだか絶妙のタイミングで、土方が飛び込んできた。
「あ、亭主の登場だ…」
必死で止めているらしい新八を引きずりながら、目をつり上げて土方は詰め寄る。板の間に土足であがって、沖田を見下ろした。
「……けっこういけますぜ、猫屋の煎餅」
じーっと、それこそ穴の開くほど沖田を眺めたあと、土方はため息とともに視線をはずした。
「おめー、茶ァ飲むにしても、店選べよ。血相変えた誰かが俺呼びに来るような店、一人で入ンな」
「そいつァ…」
言いかけた沖田がうつむいたとき、土方の瞳孔がカツと開いた。
「なんだその赤くなってるのはっ!」
「え、どれどれ?」
銀時がのぞき込むと、それも気にくわないのか、土方が無理矢理割り込む。
「朝はそんなのなかったろーが。なんで首筋赤くしてんだ? 返事によっちゃァ只ではすまさんぞ」
「たんなる虫刺されでさァ」
「あ、もしかして! 首にとまった虫をパチンと叩こうとして、店に引きずり込まれた、これ正解じゃない!?」
銀時が嬉しそうに言うと、沖田がパチパチと拍手で正解を知らせた。土方一人が怪訝な顔をしている。新八はため息だし、山崎は昏倒中だ。
「意味がわからん」
「だから〜首にですね、虫がとまって、無意識に叩こうとしたら『殺生はいけない』って腕ひねりあげられて。…で、奥で虫刺されの薬をぬってもらったんでさァ」
「……」
白けたような土方の顔に、山崎ぶっころす! と、かいてある。
こんなことだろうとは思ったものの、巻き込まれた銀時は苦笑いだ。血相を変えて心配している土方の間抜け面を見られただけで、良かったとするか。
「しっかし、えらい早くにやってきたなぁ。あんたも局長さんと一緒で、誰かさんのストーカーやってんの?」
一同がいっせいに、土方に冷たい視線を送る。
「なわけねーだろ! 山崎のヤローが定時に連絡をいれないから、近くまで様子をだなァ」
「かど曲がったら、煙草すって立ってたんですよ」
呆れたように新八が言う。
「やっぱストーカーじゃん」
ニヤニヤ笑う万事屋に一発お見舞いしようとした土方のこめかみ横を、石が超特急で通過した。風圧で、天下の真選組副長も尻餅をつく。
「殺生は、いけませんよ。足下の虫にも注意して行動してくださいね」
なにか作業をしていても、屁怒絽さんは部屋の生物の気配には気を配っているらしい。
「あ、俺ァもう行くわ」
沖田が暢気な調子で手を挙げる。
「沖田さん、着物を破いてしまったお詫びに、花はサービスしますよ。ぜひまた来てくださいね」
「おーありがとよ」
誰よりも男前な調子で、屁怒絽に接する。沖田の退出にあわせて席を立とうとした一同の前に、店の主が立ちはだかった。
「せっかくいらしてくれたんですから、ゆっくりしていって下さいよ。せめて、お仲間が気づくまで」
山崎 ―――――― っ!!
なぜだか正座で畏まってしまった一同は、八つ当たりとは分かっていても、山崎を恨まずにはいられないのだった。