HONEY SUCKLE ROSE

「マヨ抜き土方スペシャル一丁!」
 目の前にドンと置かれた丼ご飯を、土方は冷や汗をかきながら見つめた。沖田に誘われ、なじみの定食屋に入ったはいいが、どうやらとんでもない物を食べさせられそうな予感が…。
「はい、土方さん。今日は俺のおごりでさァ。これをぶっかけて、ガッツリ食べちゃってくだせェ」
 沖田が差し出したのは、マヨネーズとは似て非なる物体。ボトルはマヨのものだが、中身がこげ茶色をしている。ラベルには、恐ろしいことに「チョコ風味マヨネーズ」と書かれていた。
「……」
 さすがに言葉が見つからない。悪質な嫌がらせなのはわかるが。
「店頭でこれを見たとき、土方さんに食べさせるしかねェ! そう思ったんでさァ」
 沖田の屈託ない笑顔が、様々な屈折が乱反射した上での、表面上のものだと土方にはわかる。それだけに、その内心は計り知れなかった。
 チョコ風味なんて邪道だ、そう突っぱねるのは簡単だが、マヨラーを名乗る以上、口を付けずに切り捨てるのは如何なものか、とか。考えすぎるのは、土方の悪い癖だ。
 冷や汗をかきながら固まっている土方を見て、沖田は黒目がちな目をちょっと見開いた。
「世話がやける人だなァ」
 普段よりも明るいトーンで言うと、チョコマヨを手に取り、ギュ〜・モリモリモリ…と、大盛りチョコマヨ丼を作り上げた。土方は顔面蒼白だ。
「まー遠慮しねェで、ガツンと食ってくだせェよ。それが礼儀ってもんでしょ」
「……俺だけ食べるんじゃ悪ィだろ。総悟、おまえも」
「あ、じゃー宇治銀時丼ひとつー」
「なにが銀時丼だ、コルァ!!」
「土方スペシャルよりは人間の食いモンに近ェからでェ、バカヤロー!!」
「どこがだァ?! おまえの方が三倍バカだー!」
「銀丼は腹に入りゃーぼた餅とかわんねーでしょうが! 土方スペシャルは犬の餌だ! この十倍馬鹿!」
「え、なんか悪い時に来ちゃった? 痴話げんか?」
 のんびりとした銀時の台詞に、沖田はすねた口調で訴えた。
「旦那ァ、聞いてくださいよ。土方さん、せっかくのチョコマヨ丼、食えねぇっていうんですよ」
「そいつぁー人間のクズだな。俺なら喜んで食うね、犬の餌だと思っても」
「こんなことで人間のクズ呼ばわりか!? おまえならホントに食うのか、こんなトンデモ丼を!」
「そりゃ食いますよ、バレンタインだもん。チョコ一個ももらえない悲劇に比べたら、犬の餌でも数のうちじゃん」
「え」
「女の子からでしょ、それ」
「……え?」
 混乱した土方は、隣に座る沖田を見た。
 カウンターに頬杖をついた沖田は、黒目がちの瞳をそらさず、意味ありげに土方を見上げていた。
「オヤジー、宇治銀時丼ね! あ〜ぁやだね、女心を踏みにじるヤツ。クズだねクズ! しっかし、見る目のねー女もいるもんだな〜」
「……」
 さっきまでとは違った冷や汗が、土方の額を伝う。
 バレンタイン、なんなんだ、それは。
沖田は俺にラブチョコをくれたのか? …いや、騙されてはいけない。断りにくい演出で、とんでもないものを食べさせようとしているのだ。たとえ食べなくても、土方は女心を踏みにじる悪人、というイメージを周りに与えたいに違いない。
 しかし、横目で見た沖田は本当に無垢な瞳で見つめてくる。何度騙されても、沖田の目に曇りはないように見えるから不思議だ。これで悪態をついてくれると、まだやり返せるのに。
 いつの間にか店中の客が、土方が食べるかどうかを見守っていた。その視線が突き刺さるのを、土方は肌で感じていた。
 ……意を決して、箸をとる。
 これは決して、バレンタインだから食べるのではない。マヨラーとしてのプライドがあるから、一度は口を付けずにはいられないのだ。仕方ないから食べるのだ。……ねェ、聞いてる?
 心の中でなぜか言い訳しながら、一口食べて…、
「んがは…っ!!」
 鼻から米粒を出してしまった。
 銀時は椅子から落ちて笑い転げてるし、店中が爆笑の渦だ。
 そんな中、沖田だけが土方をまっすぐな目で見て…。
 土方が丼を抱えたまま目を離せないでいると、沖田のやわらかい曲線を描く頬がピクリと震え、次いでプッと吹き出した。
 …………騙された―― っ!!!!
「あはは、流石ぁ土方さんだ! 男ッ気をみせてもらいやしたよ」
 満足した猫のように目をきらめかせた沖田は、ムカつくことに非常に可愛く憎たらしい。
 ガツ、と土方はチョコマヨ丼をほおばって、一瞬で沖田にくちづけした。両手で頭を押さえつけ、むりやり口移しで食べさせる。
「…、っ!!」
「きゃ―― っ!」
 あがった悲鳴は、客のものか。
 土方はすべて無視して沖田への復讐に集中する。沖田は顔を真っ赤にして抵抗するが、力では土方にかなわない。
「ぐあっ!!」
 無防備な腹を蹴られて、土方は米粒を吐きながら吹っ飛ぶ。それをもろにかぶった沖田は汚いモノまみれだ。しかし表情はシリアスに激怒しているものだから、銀時は笑いが止まらない。
「ぎゃーっはっはっ………っ!」
 鬼神の顔をした沖田は、銀時の鼻にマヨネーズポトルを突っ込む。そのままブニッと絞り出したものだから、堪らない。
「…いや―― っ!」
 銀時の悲痛な悲鳴があがる。
「は、鼻から口にきた〜っ! 死ぬ〜っ」
 沖田は口移しに与えられた米粒を、メチャ不快そうに咀嚼した。口にした食べ物を出してはいけないと、姉に躾られている。
「あ、飲み込んだ!」
 蹴り飛ばされて床でくの字になっていた土方は、素でビックリしてしまう。
 その様子が沖田のさらなる怒りを買い、店中を巻き込む大乱闘となった。


 翌日。
『またもや! 真選組、店を半壊』
 新聞の見出しを見て、近藤はため息をつくのだった。