小鮒釣りし

 自分を子供好きだなんて、思ったこともなかった。
 道ばたで遊んでいる子供を、可愛いと思ったこともなかったし。
 だが、その子には話しかけてしまった。
 理由はやっぱり、あんまりにも可愛かったから、だろうな。…認めたくはないけど。
 一人でしゃがみ込んで、棒っきれで何か落書きしている子供は、大きな目が印象的なとても愛らしい顔をしていて、放っておけない雰囲気があった。
 が。
「うっせーおっさん。俺にはそっくりな姉も妹もいねーぞ。触ったら大声で叫ぶからな。警察にとっつかまっぞ」
 視線も合わせずに、一気に言われた。
 容姿とのあまりのギャップに、近藤の目は点になり、二の句が継げなかった。え〜と、「なにしてんの?」って聞いただけなんだけど…。
 そのとても可愛い少年は、立ち去る気配のない近藤にチッと舌打ちすると、近藤の後方に走り出す。つむじ風のように。
 振り返って駆けていく背中を見送り、苦笑してしまったのは、そんな失礼な態度すら、可愛いからだ。笑える、ホントに。
 それから時々、近藤は野良猫を馴らすようなしつこさで、その少年に声をかけた。名前すら教えない警戒心の強さは、いったい何に由来するのか。
 今日も同じ路地で一人遊びしている少年には、友達というものがいないようだ。そういうところも、つい声をかけてしまう一因だ。今も、しゃがみ込んで蟻を棒で追い回すだけの遊びを、ず〜っとやっている。
「なぁ、おまえ兄弟とかいないの?」
 協調性皆無の様子に近藤が問いかけると、大きな目できつく睨みあげてきた。
「兄弟なんかいねーよ。いても、おまえみたいなゴリラに紹介はしねェぞ」
「なにそれ? つか、よく言われんの? 紹介してくれとか」
「……君そっくりなお姉さんっていないの、ってのはしょっちゅう。いても誰が紹介するかっつーの」
 懐かないなりに、それでも警戒心は薄れてきたようだ。初めて自分のことを語った。
「そうか、そんなことばっか言われたら、嫌になるよなァ。でもなァ、その話しかけたヤツらの中には、君と知り合いになりたくて、話すきっかけが欲しかっただけの人も、いるかもしれないぞ」
 黒々と大きな瞳が、正面から近藤を見た。お人形のような可愛さに、ちょっと赤面してしまう。……やっぱ、気軽に人に気を許すのは、お勧めできないかも。
「あんたさ、剣道やってんの? いっつも荷物持ってるな」
「剣術を教えているな。ここを通るのは、出稽古の帰りだ」
「俺もやろうかな」
「うちは荒っぽいぞ?」
「強くなんねェと。……しつこい奴も追っ払えないし」
「え、それオレのことぉ!?」
 かなりショックだ。
「もちろん、あんたも含めて、だけど…」
「そーちゃ ―― ん」
「あ!!」
「お!?」
 近藤はちょっと自失した。それほどの、美人。今までお近づきになったことのないような。
「そーちゃん、寝てなくて大丈夫なの? 昨日からお熱じゃない」
 走ってきたせいか少し頬を染めている美人は、近藤には目もくれず、少年に手をさしのべた。
「ごめんなさい、心配かけて。…でも、僕がうちにいたら姉上が休めないでしょ。お姉ちゃんだって熱があるのに……」
 あまりのしおらしさに、ビックリだ。今までの交流がなかったら、間違いなくこの子を薄幸の美少年と思ったに違いない。いかに人のいい近藤といえども、もう騙されないけど。
「まァそーちゃん。そんな風に気を遣われたら、困ってしまうわ。ただでさえ、私の風邪をうつしちゃったって、気にしてるんだから」
「違いますよ」
 声がプーたれてる。
「風邪って、人にうつしたら、治るって言うじゃないスか。僕がひいても治らないんだから、姉上からうつった風邪じゃないっス、これ」
 可愛らしい言いぐさに、近藤は吹き出した。
「あら! ごめんなさい、私、沖田ミツバと申します。…あの、弟のお知り合い、ですか?」
「え、はい! 知り合いというか…。あ! 剣の先生ッス、教える約束したんで!」
「おい!!」
「まぁ、この子に教えてくださるんですか?」
「姉上! まだ決めたわけじゃ…」
「そーちゃん、教えて頂きなさいな。あなたが私以外の人と関わるなんて、今までなかったことでしょ」
 反論するだろうな、と思われたが、予想に反して「そーちゃん」はこっくり頷いた。
 そして、
「僕は沖田総悟と申します! ゴリラさん、よろしくお願いします!!」
「え、あの、ゴリラって…。違うから、そんなの名前じゃないから」
「じゃ、今まで名乗りもしなかった失礼なおっさん、よろしくお願いします!」
 ミツバがくすくす笑っている。近藤は赤面した。
「あ、ごめんね! 私は近藤勲といいます。ヨロシク!!」
 勢いで右手を出すと、姉の手前か総悟はきちんと握り替えしてきた。…でも、その手は予想外に熱い。ミツバの言うとおり、熱があるようだ。
「さっそくですが、ミツバ殿。総悟クンを家まで送って行きます。案内してもらえますか?」
「おいっ!」
 いきなり抱き上げられた総悟は、目をむいた。ミツバは口元を手で隠す。
「体を大事にすることも、修行のうちだぞ。子供は変な遠慮なんかせずに、大人に頼りなさい」
 総悟はただでさえ大きな瞳を見開いている。
「まァありがとうございます。この子は本当に意地っ張りで…。近藤さんのような素敵な先生に巡り会えたこと、感謝しなきゃ。お言葉に甘えて、うちまでお願いしますね」
 美人に手放しで褒められ、近藤は全身を赤く染めた。
「いや、ははは! でも、ホント似てますよね、ミツバ殿と総悟クン。…あれ、でも、総悟クン、姉はいないって言ってなかったっけ?」
「……僕にそっくりな姉はいないって言ったんデス!」
 頬を膨らませている様子は、栗鼠のようで可愛い。しかし、似てないとは?
「似てるでしょ? 君たち」
「姉上みたいな大美人じゃないっス! 僕は」
「そうかなァ」
「そーちゃんのほうが、可愛い造りよね」
 そう言ってミツバも笑う。
「ともかく、こんな綺麗な姉上がいるんなら、総悟クンも強くなんなきゃな。熱がさがったら、ガンガン鍛えてやるから!」
 その時、総悟が小さく呟いた、「…お願いします」は、近藤の胸に、とても大きく響いたのだった。